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女性杜氏の思いを受け継ぎ、伝統の製法と原料にこだわった球磨焼酎「武者返し」

2017.05.10 Discover Nippon 稲積清子 & 松永育美

熊本県最南部に位置する人吉市(ひとよしし)は、日本三大急流の球磨川下りやラフティング、美人の湯として名高い温泉巡りのほか、九州の小京都と呼ばれる古い町並みを散策するのが楽しいエリア。

また、この地域で忘れてならないお土産といえば、500年以上にわたり守り継がれてきた「球磨焼酎(くましょうちゅう)」だ。これは、スコッチウイスキーやボルドーワインなどと並び、地名を冠することが世界的に認められた酒で、世界に名を馳せる米焼酎のトップブランドである。

現在、人吉・球磨地方には、球磨焼酎を造る蔵元が28か所あり、それぞれが独自のプライドをかけ、その歴史と伝統を守り続けている。そんな中で唯一、女性杜氏がいることで注目を集めてきたのが、明治23年創業の「合資会社寿福酒造場(じゅふくしゅぞうじょ)」。4代目の寿福絹子さんが、その人だ。

風格漂う酒蔵は、その昔、問屋街として栄えたという通り沿いにあり、創業当時の面影を今に残している。のれんをくぐった先には、戦後のモノクロ写真が飾られた売り場があり、土間を奥へ進むと仕込蔵となっている。取材に訪れた4月下旬は、米焼酎の仕込み(例年11月~翌3月頃まで)が終わり、麦焼酎の仕込みの真っ最中。プクプクと音を立て発酵する麦の酵母と麹の様子に見入っていると、「米はね、もっと真っ白できれいだよ。夜中にかき混ぜる作業をしていると、発酵しているときの音が、小雨が降るみたいでね。聞いていて飽きないし、何度見てもうつくしいもの」。

4人兄妹の長女に生まれ、高校卒業後は東京に出てOLとして働き始めた絹子さん。当時、金銭的余裕は一切なく、会社とアパートを往復するだけの毎日だったそうだ。「憧れて東京に出たのに、理想と現実はまるっきり違いました(苦笑)。おしゃれな服も買えないし、おもしろくなかったですよ」と当時を振り返り、笑みをこぼす。

その後、22歳で長女の亮子さんを出産。シングルマザーとして子育てに奮闘していたころ、父親から家業を手伝って欲しいと言われ、25歳で生まれ故郷の人吉へUターン。はじめは事務仕事が中心だったそうだが、「ここは、家族経営の小さな酒蔵ですからね。仕込みの時期は多忙を極め、猫の手も借りたいほど。事務仕事しかできませんでは済まされないでしょ(笑)。あれもこれもと手伝っているうちに、焼酎づくりの技術を学び、自然な流れで杜氏になりました」。

とはいえ、3人の子どもを抱え、30代は子育てが中心。杜氏として本格的にキャリアがスタートしたのは、40歳を過ぎてから。酒蔵の全責任を負う、杜氏と認められるまでには、外部からの批判的な声も多かったそうだ。「『女性が蔵に入っていいのか』『焼酎を作っていいのか』と言われるたびに、女性だからと偏見の目で見られるのが悔しくて、思わず言い返したこともありましたね(笑)。力仕事では男性にかなわないけど、女性らしい細やかな気配りが酒造りに生きる部分がある。だから、子育てと同じで男女が力を合わせてやるといいんですよね」。

おおらかで元気はつらつとした話しぶりに、絹子さんの人柄がにじみ出ていた。

酒造りの現場は、麹菌を扱うためメイクやネイルは、ご法度。おしゃれとは無縁の世界だという。「普段、メイクをしませんからね。鏡を見ることがほとんどないんです(笑)。東京へ出張にいくときも、スッピンですよ」と話す絹子さんだが、顔には目立ったシミもなく、今年で70歳になるとは思えないほどだ。この透明感のある肌は、まぎれもなく麹がもたらすパワーなのだろう。

酒蔵を手伝う娘の亮子さんも「確かに麹を触っているときは、肌がスベスベになりますね」と麹の力をひそかに実感している様子。

近年、寿福酒造場の杜氏として中心に動いているのは、跡取りである長男の良太さんだ。とにかくキレイ好きで、樽やタンクを徹底して磨き上げる姿に絹子さんも感心しきり。「麹って生き物。気持ちよく酒になってもらいたいし、お客様においしく味わっていただきたいですからね。一切、手抜きはできません」。仕込蔵のなかは、整理整頓が行き届き、ピカピカだ。

ここでは、昔ながらの“常圧蒸留”という手法で球磨焼酎を造っており、焼酎ブームで一躍人気となった“減圧蒸留”のソフトで飲みやすい味わいと全く異なり、深みのあるコクと、米本来のほのかな甘みを感じる飲み応えが特長だ。「常圧蒸留で酒を造り続けてきたのは、当酒蔵だけ。一途にこの手法を続けてきました。寝かせるほどにおいしくなり、最低でも2年間は熟成させます」。

全行程を手作業にこだわり、完成後はすべて新しい瓶に詰め、ラベルも一枚ずつ手作業で貼っていくというていねいな仕事ぶり。見ているだけで、「ここで造られたお酒を飲んでみたい」という気持ちにさせられるのは、当然かもしれない。

「原料が良くないと、おいしい酒にはならない」のポリシーの下、看板商品の「武者返し」は、地元産の米「ヒノヒカリ」100%(しかも、新米!)にこだわっている。また米が原料の球磨焼酎の蔵元としてはめずらしく、麦焼酎も手掛けており、これも県産麦から生み出される熊本自慢の味わいだ。(写真は左から、麦焼酎『寿福絹子』1.8リットル2,376円、720ミリリットル1,350円、球磨焼酎『武者返し』(25度)1.8リットル2,376円、720ミリリットル1,350円、(43度原酒)1.8リットル3,780円 ※県外発送も可)

明治23年創業から常圧蒸留ひとすじで酒造りを続けてきた「寿福酒造場」。世界に誇れる球磨焼酎の伝統を守りながら、一本一本我が子のように大事に造り上げてきた絹子さんの思いは、いま息子さんにしっかり受け継がれている。和食とも相性ぴったりで、熟成から生まれる濃厚なコクとキレが、全国のファンをひきつけている「武者返し」。難攻不落の熊本城の石垣と同じく、存在感を放つこの酒は、味わいの奥に作り手の思いが感じられる名酒だと思う。

<問い合わせ>
合資会社 寿福酒造場
住所/熊本県人吉市田町28-2
電話/0966-22-4005

編集・文/稲積清子 いなづみ せいこ
熊本在住のライター・編集者。熊本の出版社でフリーペーパーや家族向け情報誌の編集長を経験したのち、福岡でブライダル情報誌・子育て情報誌・週刊紙などの制作に関わる。2012年5月より故郷・熊本でフリーランスとして独立。幅広いジャンルの編集に関わりながら、熊本地震以降、復興支援ホームページサイト「いまできること」の執筆に携わり、復興から立ち上がる熊本のいまを全国に向けて発信中。好きな言葉は「日日是好日」。

写真/松永育美 まつなが いくみ
熊本在住のフォトグラファー。デザインの専門学校卒業後、写真事務所を経て、2014年独立。広告、雑誌の撮影から記念写真、家族写真など幅広く活動。ライフワークとして花の写真を撮影し続けている。プライベートでは、昨年、母になり子育て奮闘中。妊娠中に経験した熊本地震で、生きていることの尊さを実感。趣味は旅行と映画。熊本生まれ熊本育ち。熊本が大好き。みんながHAPPYになる写真を撮りたいと願い、活動している。

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