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しなやかにうつくしく。伝統の味を守る「豆腐よう 松島」松島よう子さん。

2017.03.27 Discover Nippon セソコマサユキ & 新里南

築70年を超える首里(しゅり)の趣深い工房で豆腐ようづくりを行う「豆腐よう 松島」。訪ねると、オーナーの松島よう子(まつしま・ようこ)さんがちいさな器にひとつ、丁寧に自家製の豆腐ようを盛ってくれた。豆腐ようは沖縄で親しまれきた料理のひとつで、琉球王朝時代、中国から伝わる「豆腐乳」を沖縄の地酒である泡盛と、日本固有の食べ物である米麹に漬け込んだのがはじまり。当時は高貴な階級の人しか食べられなかった、高級珍味とされていた。

「豆腐ようをつくるおばあちゃんの後ろ姿や匂いが、今でも頭に焼きついています。幼いころ、親戚が集まった日におばあちゃんが台所の奥から豆腐ようをだしてきて、みんなおいしそうに食べていた。私にとって豆腐ようは、そんなしあわせな家族の風景を思い起こさせてくれるものなんです」。

琉球の旧王都「首里」で生まれ育った松島さんは、幼少期の記憶を楽しげに語る。母方は代々琉球王府の重職にあったようで、古くから受け継がれてきた豆腐ようは、松島さんにとって家庭の味だったそうだ。

普段は東京を拠点にファッションモデルとして活躍する彼女が、豆腐ようづくりに興味を持ちはじめたのは、約10年前のこと。大学在学中から続けていたモデルの仕事が思うようにいかず、頻繁に沖縄の実家へ帰っていた頃だったという。祖母の味を受け継いだ伯母がそれを察してか、「手伝ってみる?」と声をかけてくれたのがきっかけだ。

「モデルは、カメラマン、スタイリスト、広告主などたくさんのひとが関わってはじめて成り立つ仕事。ひとりでは何もできない。一方で、豆腐ようはすべての工程をひとりで見ることができる。モデルはやりがいのあるすばらしい仕事なのですが、その中で溜めてしまった欲求不満を豆腐ようづくりで消化できるようになったんです」。

それから約8年、伯母のもとで豆腐ようづくりを学ぶうちに、独立への思いが次第に強くなっていく。

「東京のいろいろな沖縄料理屋さんで豆腐ようを食べたんですけど、どれも私が知ってる味と違うなって思って。本物の味を伝えたい、そしていま伯母がつくっている豆腐ようを誰かが継がないとダメだなって思って」。

そんな想いから、2015年に「豆腐よう 松島」を立ち上げた。

とはいえ、生産、販売、営業、出荷… ひとりですべてこなすのは生半可なことではないはずだ。けれど、丁寧な言葉づかいに、やわらかいウチナー(沖縄)訛りが混じる彼女の苦労話は、不思議とほんわかした気持ちにさせてくれる。

「モデルしかやったことないし、営業のやり方もわからないから飛び込みで東京の沖縄料理屋さんを訪問しました。ドアから覗くように『豆腐よう作ってるんですけど~』って(笑)。でもいくつも足を運んで決まったのは1店舗だけ。最初は量産できないから使いづらいって言われたりしたけど、いまはその1店舗から口コミで広がって、東京の居酒屋4店舗に卸しています」。

口コミで広がった背景には、豆腐ようの味はもちろんだが、きっと彼女の穏やかな人柄もあるのだろう。量産できないため現在はネット販売に限っているが、それでも、ひとつひとつ丁寧につくられた彼女の豆腐ようは少しずつ広がりをみせている。

豆腐ようは、乾燥させた豆腐を、紅麹、米麹、泡盛を混ぜたつけ汁で3~4ヶ月ほど甕のなかで寝かせ、発酵・熟成させてつくる。豆腐はやはり沖縄の食文化には欠かせない「島豆腐」にこだわっているという。県内ではどこでも温かい状態で販売されているが、松島さんはさらにできたてを購入するため、事前に豆腐の到着時間をチェックしてスーパーに買い出しへ行くそうだ。

詳しいつくり方は門外不出とのことだが、おいしさのカギを握るのは、豆腐の干し具合だという。外で干すと湿度調整が難しく、天候に左右されるため、量産する店舗では陰干しが主流。けれど松島さんは、沖縄の太陽の光をいっぱいに浴びる天日干しにこだわる。これもおばあちゃんの時代から代々受け継がれてきた製法だから。

「一度東京で同じようにつくったことがあるけど、味が全然違ったんです。おいしい豆腐ようは楊枝がスッとなめらかに通って、口当たりもやわらかい。東京で干したものは楊枝が引っかかってしまって、ザラザラしたんです」。

松島さんの豆腐ようは、楊枝を通すと、やわらかいチーズのように白くきれいな切り口をみせた。口に含むと、舌に伝わるなめらかな食感とともに、少し鼻にツンとくる泡盛特有の刺激的な風味が広がる。

「私のは味がまだまだ若いね~って言われて… おばあちゃんや、伯母の豆腐ようのように、もう少し深みのあるまろやかさを足したいんです」

お父さまの松島朝義(まつしま・ちょうぎ)さんに聞くと、松島さんの豆腐ようは、伯母の味とも、またその母である祖母の味とも違うという。同じ場所、同じ製法でつくっても、つくる人によって味が違うのだから、豆腐ようづくりは知れば知るほど奥が深い。

まだまだ理想とする味ではないけれど、豆腐ようをきっかけに父との会話も増え、相談することも多いという。陶芸家でもある父は、多くは語らないけれど、豆腐ようを寝かせる甕や器をつくってさりげなく応援してくれているそうだ。

そんな松島さんがうつくしさを保つために心がけていることは、何よりも食事。特に納豆や味噌汁、豆腐など、大豆の発酵食品を食べるようにしている。もちろん、豆腐ようもそのひとつ。豆腐ようを赤く染める「紅麹」にはコレステロール値や血圧を下げる効果があり、中国の漢方では古くから内臓の働きを良くするために使われていたという。お酒のおつまみにそのまま食べるのも良いが、松島さんのおすすめは、バニラアイスに余ったつけ汁をかけて食べる、“豆腐よう風デザート”。塩をかけるとよりまろやかになるそうだ。

東京を拠点にしたライフスタイルでも、故郷・沖縄の存在と、そこで受け継がれた豆腐ようづくりの存在は大きい。「オーディションに落ちたりすると、ものすごく落ち込みます。それでも頑張れるのは、どこかで沖縄に帰れるっていう安心感があるから。そのための居場所を自分で用意した部分もあって。いまではヘコむことがあっても『まいっか』って切り替えられるようになりました(笑)」。

祖母から豆腐ようづくりを受け継いだ伯母も70歳を超えるという。その味が途絶えることのないようにと、松島さんはこれからも豆腐ようづくりをつづける。あのころ祖母がつくっていたのと同じ味を求めて。

<問い合わせ>
豆腐よう 松島
URL/
http://tofuyo.shop-pro.jp/
http://www.front-ag.co.jp/

編集・写真/セソコマサユキ
沖縄在住の編集者・ライター。雑誌「カメラ日和」「自休自足」副編集長を経て、手紙社で紙媒体の編集、イベントの企画・運営などを手がけたのち、2012年、独立を機に沖縄に移住。さまざまな媒体での編集、ライティング、撮影を通して独自の目線で沖縄の魅力を発信している。観光情報サイト「沖縄CLIP」編集長。著書に『あたらしい沖縄旅行』『あたらしい離島旅行』(WAVE出版刊)、「あたらしい移住のカタチ」(マイナビ出版)、企画・制作に「みんなの沖縄」(主婦の友社)がある。http://masayukisesoko.com
photo by G-KEN

文/新里南 しんざと みなみ
ライター。1986年東京生まれ、沖縄育ち。東京で10年ほどWEB制作のディレクターを経験したのち、2016年5月より故郷・沖縄へUターン。現在、沖縄観光メディアのディレクターをつとめつつ、ライターとしても活動中。多くの人にとっては海を隔てた遠い場所かもしれない沖縄を少しでも身近に感じてもらえるよう、自由な視点でいまの沖縄を発信していきたいと思っている。2016年12月発売の「みんなの沖縄」(主婦の友社)では編集アシスタントを担当。

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